第二章
■ジャズ七福神■
 
フェスティバル参加を記念して
製作したCD“Sing Sing Sing”
英二郎の承諾を得て、次にしなくてはならないのは人選だ。並みのプレーヤーではアメリカの連中や、インターナショナルな連中と互角に渡り合うのは難しい。 私の理想では、考えられる最強のメンバーで乗りこみたい。私のトランペット、英二郎のトロンボーン、これは決まり。クラリネット、ピアノ、ギター・バンジョー、ベース、ドラム、残り 5人の人選に取り掛からなくてはならない。7人の侍ではないが、日本から強力なプレーヤーを是非派遣したいという意欲がムラムラと湧き上がってくる。

 まずクラリネットだ。これはもう前から決まっている。北海道生まれ、早稲田ニューオーリンズジャズクラブ出身の後藤雅広。

 このクラリネットプレーヤーはかねがね私が天才と言っている。なかなかの達人である。ことディキシーランドジャズに限ればこの男の右に出る者はいない。リズム感、メロディーの作り方、ジャズのフィーリングどれをとっても文句はない。 13才のときから兄の影響でなんとニューオーリンズジャズのジョージルイスを聴いて育ったという変わり者。ブルースフィーリングも文句のつけようなしでクラリネットは決まった。

 次に肝心なのはドラムだ。日本ではジョージ川口というドラムでは先輩がいるが、次のドラム界の主流とみられる楠堂浩己を抜てきする。

  楠堂浩己、大阪生まれだ。祖父が日本太鼓の叩き手だった。彼と出会ったのはかれこれ 20数年前になる。20代前半の若者だったが、その時はこれほどまでに成長するとはさすがに私も見抜けなかった。あっと言う間に実力を発揮しだした。祖父の血がそうさせたのだろう。私がそれまで知っているすべてのドラマーの常識を超えた。 まず私が惚れたのはその音色だ。あのドラムに音色などあるとは思わないだろうが、それがどっこいあるのだ。よく、ジャズクラブに備え付けのドラムセットなどはだれがたたいても同じだろうと普通の人は考えるだろうが、プレーヤーによって大きく音色が違うことに気づかれたと思う。私が言いたいのはそのことだ。たたき手の力の入れ具合、ひいては、そのプレーヤーの持っている音楽性が最後にものをいう。 次に大切なのが、リズム感。次にというとちょっと語弊があるが、楠堂浩己にはそのリズム感がある。さらに加えて、ショーマンシップも旺盛ときている。鬼に金棒とはこのことだ。楠堂浩己さえ参加してくれたら今度のサクラメントは成功間違いなしとまでいえる。

 さあ次はベースプレーヤー。並のモダンプレーヤーではつとまらない。ふとここで思い出したが、北村英冶オールスターでいつも同じステージに立つ小林真人これしかいないだろう。

 小林真人、東京生まれ。まず小林真人に感心したのは、そのアコースティックさである。あくまでも電気に頼らず、生音重視のその態度、ポリシーに惚れたといってもよい。 そのうえモダンジャズならいざ知らずディキシーランドジャズではただ上手いだけではつとまらない。リズム感のよさ、その音色、加えて歌心、さらにパフォーマンス、これだけそろわなければアメリカ人を相手に互角に、またそれ以上に戦うのはまず無理だ。その条件を満たしているのが小林真人である。アメリカに一緒に行くベースは小林真人しかいないであろう。

 ピアノは後藤千香にした。ラグタイム(1800年代後半、ジャズの元となったピアノ曲)ジャズができる人は後藤千香しかいない。もちろんラグタイムだけでは困る。ジャズのアドリブができなくてはならない。

 後藤千香、東京都出身。女性とは思えないダイナミックなタッチ、コードワーク、アイディアの良さ、ピアノは彼女以外には考えられない。育ちの良さがにじみ出たそのプレーは、男どもの中にあって一輪の花ともいえる優雅さを秘めている。

 ディキシーランドジャズといえば何と言ってもバンジョーが必要である。こう言ってはなんだが、日本のバンジョー界においては、文化の違いもあっていわゆる本来のジャズ的センスのあるプレーヤーが育ちにくい。本物のジャズ的センスを持っているといってまず頭に閃いたのが、ギターの名手、またバンジョーも器用にこなす向里直樹だ。

 向里直樹、東京都下町出身。彼と知り合ったのも20数年前。私がバンドを組んだ時の初代バンジョープレーヤーだ。当時20代半ばの彼は、私の知っている限りではリズム感、メロディー・アイディア、音色、 3拍子揃ったプレーヤーだ。それに加え、気の強さも幸いして、向里直樹 独特の世界を生み出す。本物のジャズができる数少ないプレーヤーといってよいだろう。

  これで「七人の侍」が出揃った。女性が1人いるので「七福神」といってもよいかもしれない。時間はあとちょうど 1年だが、すぐにでも出演交渉に入らなくてはならない。 1年後とはいえ1人のプレーヤーの2週間ものスケジュールを抑えるというのは、抑える方も、抑えられる方も互いに大変なことである。


 早速出演交渉に入った。クラリネットの後藤雅広は最近所属のバンドからフリーになり、比較的スケジュールは自由に動かすことができる。ということで逆に 「ぜひともよろしくお願いします」と二つ返事でOKをもらった。 私の何回かのサクラメントジャズジュビリー出演経験からこのクラリネットの後藤正広というのは現地では相当評価されるという印象を持っている。出演交渉の出足好調である。
 次はベースの小林真人だ。ふと思い出した。「そういえば彼はこの時期確かオランダのジャズフェスティバルに出演していたな」 「彼がだめならどうしよう」 不安が胸をよぎる。ベースプレーヤーでは小林真人以外に考えられないのだ。話を聞いてみると来年の「オランダのスケジュールはまだ出ていない」ギリギリまで待つことにしよう。可能性はないことはないとのことだ。数%の希望もあってあとはその時を待つことにした。
 次に出演交渉に入ったのは、なにがなんでも絶対に欲しい必要な、ドラムの楠堂浩己だ。しかし彼は日本の有名なバンドに専属契約をしているので、 1番難しい1人といっていいだろう。案の定、無理との返事が返ってきた。しかし時間はまだあと1年あるので辛抱強く待つことにした。
 次はピアノ、後藤千香だ。彼女は某有名楽器店のピアノ教師も兼ねているのでこれも長期の休みを取るのは難しいと考えられる。「 かなり難しいぞ!」この交渉も一筋縄ではいかないだろう。 しかし案ずるより産むが易し、意外と快い返事が返ってきた。 「私でよければよろしくお願いします」「私でよければも何もあなたしかいません」「ヨシッ!」心の中で思わずガッツポーズをした。
 次はギターそしてバンジョーの向里直樹だ。彼もフリーで音楽をやっているので「面白そうですね、ぜひ一緒にやりましょう」徐々に顔ぶれが揃ってきた。

 オランダ行き未定のベース小林真人、バンド所属のドラム楠堂浩己、この2人の返事待ちだ。しかしこのどちらが欠けても、来年のジャズフェスティバルでの成功は難しい。 だが焦りは禁物。時の流れがすべてを解決してくれると希望的観測でじっくり待つことにする。そうこうしている時に、ベースの小林真人からなんとか行けそうだとの連絡が入った。 「あとは楠堂浩己ひとりだ。」 しかし、楠堂浩己ただ一人なかなか返事が来ない。
 結局所属バンドの仕事が5月23日まで入るということで、ひとり遅れて現地に乗り込むことが決定した。

「よし!メンバーは決まった。」7人の軍団の顔が揃ったのだ。

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